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2025. 12 / 24 建築のこと ]

建築探訪 | 直方体の森

建築探訪 | 直方体の森

 

会期も短くてついつい行きそびれていた「中村正義の美術館」へ行ってきました。場所は川崎市麻生区です。異端児と呼ばれた画家の作品を見ると同時に、この美術館の設計者は篠原一男。作品名を「直方体の森」といいます。長年作品集で見てきた「気になって仕方ない」建築の一つです。画家も設計者もそれぞれの世界で異才を放った人物という建物です。

 

この美術館は車でないとなかなか行きにくい場所にありました。近くには読売ランドのある丘陵地にあり、庭ともども素敵な立地です。自宅から車で30分ほどに作品集でさんざん見ていた「直方体の家」があるとはなんだか不思議な気分になります。

私があらためて篠原一男の説明とはおこがましいですが、ご存じない方にごく簡単にすると、1950年代から前衛的な住宅作品を設計し「住宅は芸術である」とするスタンスの元で生み出された作品群は、その後の多くの建築家に影響を及ぼしました。カリスマ性があり、難解ではあるものの論説もまた魅力的な建築家です。

住宅作品が多いということは「見学」できない作品が多いことを意味します。吉村順三しかり住宅を中心に活動した建築家の作品を見る機会は意外と少ないものです。1950~70年代のものとなると多くは取り壊されており、作品集でしか触れることのできない建物というのがほとんどです。私も篠原一男の建物を見るのは2回目です。

 

この直方体の森は、元は画家中村正義の住まい兼アトリエとして使われたもので現在は美術館として定期的に公開されています。内部は基本的に撮影禁止。

 

数学者が作る建築

 

 

この建物はその名の通り、直方体の組み合わせでできています。これがまぁ見事です。第一印象は「頭のいい人が作る建築」です。

こうも見事に直方体を組み合わせて、単調にならず、破綻なく無理がなく、庭も取り込みつつ、それでいてどこにもないスケール感を持ってくる。部分的な印象で見ていた作品集から、身を置いて全体がつながるとその完成度にしびれます。決して面積的に極端に大きくはなく、特筆するディテールも特にない。もっと難解なものを勝手に想像して訪れたのですがあっさりと裏切られました。前衛建築家の作品ですがちゃんと暮らせます。

 

ちょっと詳細な寸法はわかりませんが、玄関ホールから広間と呼ばれる空間は吹抜で天井が高くなっています。2階にある二つの寝室へはそれぞれ別の階段でしかいけません。

とても面白いプランです。順繰りに館内を進むと、直方体の森とは絶妙なネーミングだと気がつきます。コンセプトをここまでシンプルに落とし込めるセンスは、きっと元数学者であるここと関係あるんだと思います。建築がここまで数学的なものに感じられたのは初めての経験です。事前に篠原さんの経歴を知っているが故のバイアスもありますが、差し引いても数学的読解を感じます。

 

構造的な制約や発想から数学的読解をしている建築物は見たことあるのですが、この建物は根本的に数学脳で解いているような気がします。

数学がそれほど得意でない人間からすると「尊敬」しかありません。

 

帰宅後、篠原一男作品集を引っ張り出して再読しています。あらためて面白い作品ばかりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025. 12 / 07 建築のこと ]

建築探訪 | 谷村美術館

建築探訪 | 谷村美術館

 

ようやく念願の谷村美術館を訪れることができました。

新潟県の糸魚川市にある木彫芸術家 澤田政廣の美術館です。1983年に開館していますから竣工42年経っています。この見た目です。要塞とか岩とか、とにかく「かたまり」感を感じます。

 

これを設計したのは村野藤吾。代表作がありすぎて何をあげたら良いのかわかりませんが、目黒区役所や日生劇場、世界平和記念聖堂は村野さんの設計です。

茶室から教会、オフィスビルに劇場、ホテルなど。そして、この人ほど多様な設計手法や表現を持っていた人は日本においては他にいないのではないでしょうか。

どれも一目で村野藤吾設計とわかる意匠と空間性があります。いったいどれだけの才能と努力と執着心だろうかと驚嘆します。

 

 

そして、1984年に亡くなる最晩年に設計されたのがこの谷村美術館です。
シルクロードの遺跡をイメージしたと説明があるのですが、たしかにという感覚とそれだけには納まらない「何か」も感じさせてくれます。内部は撮影禁止ですので、ぜひ検索してみてください。言語化を彼方に押しやるような造形にあふれています。

 

訪れた時間帯が自然光のみという一日2回だけのタイミングに内部を見学できました。照明がない方がこの空間をより色濃く見ることができます。自然光での空間を一義に設計したことが明確です。照明がついたら若干がっかりするくらい・・・。村野さんはこじんまりとした茶室以外は結構照明照度をしっかり採る印象がありますが、ここはもっと暗い方が好みです。

これから行かれる方、この自然光の展示時間に合わせて行かれることをお勧めします。11時と15時の一日2回です。

 

造形という建築表現

 

 

外観を見て思い起こすのは、建築マニアであれば西アフリカのマリ共和国の建築かもしれません。もちろん行ったことはありませんが土造の造形感覚に近しいものを感じます。

日本の建築界にその後、造形的な村野さんの建築を引き継いだような流れは生まれることはなかったと思っています。村野さんだけが率先して行った表現だったと思います。数寄屋建築も設計しつつ、この造形表現も使う村野さんの特異性はそれゆえに際立っています。ただ村野さんは言説も少ないので、真意の程は建築から読み取るしかありません。

面白いのは、近年少しづつ造形性のある建築表現が増えてきていることです。とくに若い建築の方は装飾や造形に対して新しい価値観を見出しているような気がしています。

 

私の設計でも曲面が多いのは一つの特徴だと思います。造形は手を動かしていく過程で生まれるもので、理屈よりも先に「勘」みたいなものが働いて取り入れています。その方が空間がよくなると思ってのことです。谷村美術館も「手造り」はキーワードだったそうで、館内を巡ると意図がよくわかります。

 

それは、なんというか建築の温度感みたいなものがおかしな言い方ですが人肌温度とか、そんな感覚を受けるんです。ガラス張りの建築や秩序だった空間に比べると温度感が高い。

内省的で人の心情が内へと向かう空間ですから、その温度感のおかげで閉塞感や圧迫感がないのかなと思ったりします。

しかし、この建築体験はそうはないもので、面白くてすっかり長居してしまいました、思い切って足を運んで得難い経験となりました。

 

ちなみに、12月の雨の平日の午前中で、他の来館者はいませんでした。おかげで貸し切りでじっくりとゆっくり見ることができました。

 

 

 

 

 

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