
建物探訪 | villa coucou
代々木上原へ1957年竣工の「villa coucou」ヴィラ・クゥクゥの見学へ行ってきました。設計は吉阪隆正。ル・コルビュジエのアトリエ勤務経験もある昭和の巨匠建築家。1980年に亡くなられています。。
こちらの住宅は解体が検討される中、俳優鈴木京香さんが受け継いでリニューアルされて公開となったとのことで、残してくれたこと、こうして見学の機会を与えてくれたことに感謝したいです。
そう、これがとんでもなく素晴らしい建築でした。
約20年ほど前に吉阪隆正設計の八王子にある大学セミナーハウスを見学したことがあります。
感想はなんと暴力的な建築なのかと思うものでした。ウルトラマンの基地のモデルでもあり、ピラミッドをさかさまにして建っている姿は何とも言えない異様さがあり、内部空間も斜めの壁によりいびつで、いささか無理やり感を感じてしまうものでした。冬の夕暮れ時に訪れたこともあっておどろおどろしい雰囲気とともに狂気さえ感じました。
吉阪建築の印象はすっかり悪いものとなり、以降は積極的に触れることがない建築家となりました。
ただ面白いもので先々月に、成城を散歩していたところ異様な建築をたまたま見つけました。観察するに設計者が思いつきました。吉阪建築なのでした。なぜか今度は心に引っかかるものとして残りました。そして今回、前職事務所の後輩からvilla coucouの見学会のお誘いを頂いて、なんだか引き寄せられている感覚を勝手に感じながら、狭い玄関を入ると、もう瞬間にそれが素晴らしいとわかる空間が広がっていました。
建築の数字的意味
villa coucouは夫婦二人のための住宅で大きさは延べ面積22坪半ばです。決して大きな建物ではありませんが、こうした建築を体感すると面積の大きさで空間の質が決まらないことがよくわかります。一般的には広い方が好まれるのが住宅ですが、こうした建築を訪れて体感していくと面積とは数字的な意味でしかなく、建築空間そのものを現すものとは関係がないことがわかります。
空間の質は数値化して置き換えることのできないもので、唯一の変換はその空間に身を置き、感性に働いたものを実存的なものとして保存する行為でしか叶わない。
素晴らしい建築に身を置くと、そんなことを強烈に意識させてくれます。

建築と琴線
低い天井の書斎スペースの居心地の良さに驚かされます。昭和の建築家は「琴線」をよく知っている気がします。空間における情緒を表現することが上手で、琴線に照らして空間を作るという感覚を大事にしているのがよくわかります。そして、その感覚を寸法に変換するという設計手法を巧みに操る。吉村順三しかり前川國男しかり、総じて皆さんうまいんです。

このソファスペースも落ち着いています。右手がキッチンなので食卓としての機能もありそうです。キッチンを隔てる家具はソファに対してわずかにナナメに配してあり、その作為が閉塞感をなくす働きをしていますし、茶箪笥的な使い方もとても便利そうです。狭いがゆえに身体がどう動くか?狭さに豊かさを与えるにはどうすべきか?そこかしこに、そうした設計者の声が聞こえてきます。

こちらの2階の寝室の窓が気に入りました。
わざわざ室内に出っ張ってついているんです。現在はベッドは置いてないのでデザインの狙いはよくわからないのですがかわいいんです。フォルムもいいし、サイズ的にも小ささくてかわいい窓です。
こうしたデザインは、家の愛着(ちょっとしたアイコン)になっていったりするのでとても好きです。

他にもステンドグラスだったり、家具の引手のデザイン。トップライト、手摺の形状などなど書き始めたら本でも書けそうなくらいに、密度の高い設計がなされていました。
コンクリート造ゆえの造形性も魅力です。これも昭和の建築家によくみられるのですが、打ち放しのコンクリートの表情が柔らかい。型枠によるものか?コンクリートの材質によるものか?粗さなのか?私も疑問なのですが、いわゆるコンクリート=冷たい・クールな印象というものになっていない。そういう意味では、現在はコンクリートというものを単なる建材として認識しすぎているかもしれません。表現性のある素材というのがこうした建築を見ると再認識させてもらえます。
本当にきりがないくらいに、濃密な見学時間を過ごしました。
できれば、時間を少し開けてもう一度見学したいなと思っています。よい映画を何度も見るように、建築好きとしては何度もその場所にみを置いてみたくなります。
そんな建築探訪でした。
2026年の3月時点で定期的に見学会を行っています。(住宅遺産トラスト主催です)